後遺症があるのに減収がない場合
後遺症を負った場合には、損害賠償の内容として、①逸失利益、②後遺症慰謝料が加わります。このうち、 逸失利益というのは、後遺症が残ってしまったために将来得られなくなった収入のことを言います。
判例理論では、逸失利益は、後遺症がなければ得られたはずの収入(将来の収入)から、後遺症が残った状態での収入 (低くなってしまった収入)を差し引いた差額のことを言うものと理解されており、これを差額説といいます。(ただし、 完全な差額説ではないと言われています。)
この差額説によると、後遺症が残ることにより、収入が事故前の収入よりも減少することが前提となります。したがって、 後遺症が残っているにもかかわらず、事故前の収入と変わらないか、むしろ増額しているような場合には、後遺症による収入減少、 つまり逸失利益がゼロではないか、ということが問題となります。
実際、公務員や大手企業の場合には、適切な配置転換などにより、従前の給料が維持されていたり、 給与が増額になっているケースもあります。そして、実際に生涯減収がないまま終わることもあるでしょう。
しかし、後遺症が残ってしまった被害者としては、実際の業務に支障があり、将来的な転職や職務内容が制限されてしまい、 将来の保証が何もないにもかかわらず、現時点で一方的に逸失利益がゼロ、と判断されることは耐えられません。
そこで、過去の判例を分析し、減収がない場合でも逸失利益が認められるようにするための検討をしてみたいと思います。 決して諦めてはいけません。
次のような観点から検討します。
1 実際の業務への支障
2 昇進、昇給における不利益
3 転職、退職の可能性(再就職の際に予想される不利益)
4 勤務先の規模、存続可能性
5 本人の努力
6 勤務先の配慮、職場の協力
7 生活上の不便(労働能力の再生産の観点)
1 実際の業務への支障
減収がなかったとしても、現在あるいは将来行うべき業務について、実際に支障が生じていることを主張立証します。
(1) 上肢の障害がある場合
運送業を含めた搬入搬出業務、製造業、飲食業(調理等)に支障
パソコン操作への支障、利き手であれば文字を書くのにも支障
(2) 下肢の障害がある場合
立位が要求される作業全般(搬入搬出、製造、飲食、販売、看護士等)に支障
営業活動への支障(歩行での移動、自動車の使用が禁止・不可能等)
事務職等のデスクワークであっても、社内での移動(特に階段昇降)
(3) 神経系統の障害がある場合
集中力低下、思考力低下
高次脳機能障害の場合は、物忘れ進行、新しい仕事困難、ミス増加、作業能率低下
※ 支障ない場合 cf仙台地裁平13.6.28
本人が尋問で仕事に影響ない旨供述するも、11級の等級通り20%の喪失率肯定
2 昇進、昇給における不利益
現実の業務に支障がある場合には、配置換え、役職喪失、昇進、昇給における不利益が及ぶこと考えられます。 実質的減収という観点からの検討が可能。
・大阪地裁平10.3.26(飲食業 左鎖骨、肋骨)
将来の幹部候補と考えられていたがその可能性消失
・京都地裁平16.5.31(会社員事務 左股関節、下肢等)
同僚社員の昇給率を若干下回る(7.5%)傾向
・東京地裁平15.3.24(航空会社課長 足関節、足指等)
部長代理への昇格試験を受験できず、同期入社の者が部長代理に昇格し昇給していることからすれば
「実質的には減収になっているということもできる」
・大阪地裁平15.6.18(信金営業 右腿神経)
配置換え(外交→デスクワーク)、支店長代理試験受験できず
・大阪地裁平15.1.24(製薬会社工場 左肩関節)
配置換え(工場→デスクワーク)、長年実績を積んだ工務課(工場)から計画課デスクワーク)へ異動し、工務課では望み得た昇給、
昇任等が計画課では得られなくおそれがあるところ、これは「後遺障害がもたらす経済的不利益を是認するに足りる特段の事情」
・大阪地裁平15.8.27(高校教師 右膝)
将来の昇任等に際して不利益な扱いを受ける恐れ否定しきれず
3 転職、退職の可能性(再就職の際に予想される不利益)
一生同じ職場にいるとは限りません。退職する場合もあり、その場合、転職をしなければなりません。後遺症がある場合には、 再就職の際に、選択肢が狭まったり、不利になったりします。
(1)再就職することを前提とした判例
・大阪地裁平17.6.21(ハンバーガー店長代理 左膝動揺関節12級7号)
膝が安定しない、長時間の歩行や立ち仕事で膝の中やふくらはぎ等に痛み、しゃがむことが不自由、
急に歩行するときに力が入らない等の後遺症を有する事案で、
「転職等の場合にも後遺障害によって不利益な取り扱いを受けるおそれがあると認められる」
・大阪地裁平10.3.26(ソフトウェア設計、製作 右肘10級10号)
転職の際にハンディキャップとなることを認めています。
(2) 将来主婦、家事従事者になることを前提とした判例
・京都地裁平16.5.31(会社員事務 左股関節、下肢等)
原告は症状固定時30歳の女性であり将来結婚により家事労働に従事する蓋然性があるが、その場合、労働能力は低下すると認められる
・名古屋地裁平13.3.30
原告が将来婚姻後主婦として生活すること等を考慮
4 勤務先の規模、存続可能性
現在大会社もいつ倒産するかもわからない時代です。勤務先の経営基盤が盤石でなかったら、 退職しなければならない可能性や転職しなければならない可能性は大です。大会社であっても、大規模なリストラなどがあれば、 転職の可能性があるでしょう。
・東京地裁平13.2.16(印刷会社監査役(実労働もあり)、左手関節)
原告「勤務会社の経営基盤がそれほど磐石とはいえないと考えられることからすると、他に転職の蓋然性が低いとはいえず」
・大阪地裁平15.1.24(工場→デスクワークに配置換え 左肩関節)
従業員6000人にうち1000人がリストラを発表、原告勤務の工場でも既に10%の人員削減。
「原告としても後遺障害のためリストラの対象となる不安を感じている」
5 本人の努力
最高裁昭和56年12月22日判決(民集35巻9号1350頁)は、後遺障害等級14級の被害者の逸失利益の認定において、 後遺症の内容が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは、 特段の事情のない限り、逸失利益は認められないと判断しました。
しかし、同時に「たとえば、 事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、 かかる要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、 本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、 転職等に際して不利益な取り扱いを受けるおそれがあるものと認められる場合など、 後遺障害被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情」がある場合には、逸失利益が認められるとしています。
そうだとすると、仮に減収がない場合でも、本人の特段の努力を主張立証しておくべきことになります。
(1) 痛みや辛さの我慢
(2) 症状を軽減させる努力、悪化を防止させる努力
・毎日2時間半リハビリ(仙台地裁平13.11.1)
・休憩時間にマッサージ(大阪地裁平13.11.30)
・患部を、週1回程度痛みに我慢できず湿布や包帯で固定(名古屋地裁平17.4.13)、投薬
(3) ハンディ克服の努力
・早朝出勤、残業、仕事を家に持ち帰る、土日返上
cf 通勤が不便、時間がかかる
・利き手でない左手で文字を書く
・記憶力低下を補うために頻繁にメモをとる(高次脳機能障害)
・人の嫌がる仕事をする(大阪地裁平10.12.1)
・早朝出勤して雑用(東京地裁平15.3.24)
・後遺症を隠して仕事(大阪地裁平15.7.16)
(4) 転職するための努力
・岡山地裁平13.3.23 (事故後、2級建築士の資格取得)
「宮大工を志していたが、…事故後に宮大工を断念して退職し、その後、2級建築士の資格を取得し、現場監督の仕事をし…
現実の減収は生じていないのは原告の不断の努力によるものである」
・東京地裁平13.4.11(不動産 腰椎)
事故後仕事に励んで不動産業に精通し、不動産仲介業者を設立して代表取締役に就任
(5) 配置換え後の職務を習得する努力
これまでの経験を活かせず、意欲の低下が考えられることからすると、特段の努力の一事情として評価されるでしょう。
6 勤務先の配慮、職場の協力
仮に減収がなかったとしても、その理由が、職場の温情によるものや、職場の協力によるものである場合には、 これが今後続く保証はどこにもありません。そうだとすれば、そのような事情も主張立証しておくべきでえしょう。
・大阪地裁平10.3.26(名古屋地裁11.5.14、東京地裁平11.5.19等も同旨の判示)
減収が生じていないのは情誼的配慮によるものであり、今後とも右のような状態が続く保証はない
・勤務先の理解、職場の協力を得て減収を阻止しているとした裁判例としては、大阪地裁平15.6.18、 東京地裁平17.7.25等多数。
7 生活上の不便(労働能力の再生産の観点)
逸失利益は、人の労働を前提とします。そうすると、労働とは無関係な私生活上の不便や不利益は、 一見逸失利益とは無縁のようにもみえます。
しかし、効率よく労働をするためには労働能力を再生産しなければならず、そのためには休日、余暇、私生活が欠かせません。 そのような観点からすると、直接的に労働に関係しなくても、私生活上の不便や不利益があることによって、 労働能力の再生産に支障を生じているとも考えられます。
大阪地裁平11.12.2は、「逸失利益の算定は、減収の有無だけではなく、労働能力の低下の程度、将来の昇進、転職、
失業等不利益の可能性、日常生活上の不便等を総合考慮して行われるものであり、証拠(略)によれば、右足の関節機能障害のため、…
日常生活において、階段の上り下り等に不自由を来していることが認められる」と判示。
→ 日常生活の支障から、即、逸失利益を肯定させることは困難であろうが、これにより、休養や余暇が十分に楽しめない、
幹部の疲労が回復しにくいということであれば、労働能力の再生産過程に支障を及ぼしていると主張することは可能であろう。
以上のように、形式的に差額説に当てはめるときは、逸失利益が否定される場合でも、それを認める判例も過去にあるのですから、 諦めず主張立証してゆくことが大切です。
参考文献 損害賠償額算定基準(下巻)2008(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部)







